第11回 「スポーツ・インテグリティ教育の実践」
前回に引き続き、スポーツ医・科学委員会委員の藤井基貴氏のコラムです。スポーツ・インテグリティ教育を普及するために開発された教材や実践例について紹介しました。
(日本卓球協会スポーツ医・科学委員会委員長 吉田和人)
2020.11.10 更新
第11回 「スポーツ・インテグリティ教育の実践」
日本卓球協会スポーツ医・科学委員会委員
藤井基貴(静岡大学教育学部)
スポーツ選手のキャリア形成には「発掘・育成・強化・活用」の四段階があることが知られています。活用とは指導者となって後進に指導する段階を指します。したがって、活用の段階を見据えて、選手には現役時から競技技術の向上とあわせて「責任」、「公正さ」、「自律」といったスポーツをめぐる価値への理解を深めることが期待されています。しかしながら、それぞれの価値についてはもっぱら各自の解釈に任されがちで、時代、国や地域、個人間での理解の相違について改めて検討されることはほとんどありません。「勝利に勝る価値とは何か」。このことを考える上でも価値そのものへの学習は欠かすことはできないでしょう。
学校教育において価値について学ぶ道徳教育の分野には「価値の明確化」と呼ばれる指導法があります。価値の明確化とは、価値を教え込むのではなく、価値を理解する過程を重視した指導法のことで、実際の授業ではさまざまな価値を取り上げて、それぞれの意味や関係性について議論を行います。
ホープスナショナルチーム、清水エスパルスジュニアU12等での
インテグリティ研修の様子(撮影者:藤井基貴)
私の研究室では「価値の明確化」の理論に基づいて、青少年に対するスポーツ・インテグリティ教育のための「マインド・テン」という教材を開発しました(藤井、2018)。教育学及びスポーツ科学の研究成果から、「やる気」、「リーダーシップ」、「忍耐」といったスポーツ活動のなかで重要と目され、場合によっては争点ともなる価値を10項目抽出し、これらをカード分類方式で子供たちに優先順位をつけて並べ替えをさせ、その意味を問いかけます。
プログラムを受講した子供たちからは「他のみんなは『やる気』を大事にしていた。やる気があるからこそ、これからの練習でみんなをリスペクトできる」、「『対応力』を入れた人が多くて、やはり困難にぶつかっても落ち込んでいてはだめと気づいた」といった感想が寄せられ、価値をめぐるチームメイト同士の相互理解に加えて、自己理解にもつながっていきました。
教育の世界では人間は生まれたときは「白紙」の状態であり、教師や大人が知識や技術を書き込まなければならないという考えが強く支持されてきました。近年の心理学の研究成果においては、人間は生まれつき一定の道徳性を備えていることが明らかにされつつあります。選手個々を信頼して、それぞれが備えている道徳心や価値観を引き出し、磨き上げることもまた指導者の大きな役目と言えるでしょう。
文献
藤井基貴(2018)「考え、議論する道徳」への構造転換:―スポーツを題材とした「アスリート道徳」授業の開発―.心理科学,39(2):pp.33-43.
荒木寿友・藤井基貴編著(2019)新しい教職教育講座 教職教育編⑦ 道徳教育,ミネルヴァ書房.