第10回 「スポーツ・インテグリティ教育へのアプローチ」
前回に引き続き、スポーツ医・科学委員会の委員の藤井基貴氏のコラムです。スポーツ・インテグリティを普及するための方法論について解説しました。
(日本卓球協会スポーツ医・科学委員会委員長 吉田和人)
2020.10.09 更新
第10回 「スポーツ・インテグリティ教育へのアプローチ」
日本卓球協会スポーツ医・科学委員会委員
藤井基貴(静岡大学教育学部)
スポーツの語源はラテン語の「気休め」や「遊び」を意味する「デポルターレ(deportare)」にさかのぼるとされます。スポーツ文化を語る上で重要な古典の一つとされる『ホモ・ルーデンス』において、ホイジンガ(1973年)は「ルール違反をしたり、ルールを無視するプレイヤーは『遊びの破壊者』である」と述べています。昨今のスポーツ界での不祥事やスキャンダルを受けて、いまスポーツ文化を守るための倫理教育(スポーツ・インテグリティ教育)への期待や必要性が高まっており、その在り方が問われています。
図1:インテグリティ教育のアプローチ
そこでインテグリティ教育を進める上での三つのアプローチを図1に示してみましょう。第一のアプローチは、Aの学習者への一斉授業型の指導伝達方式です。2017年12月21日、相撲協会は暴行事件への対応として、国技館に力士や親方のほか、行事や呼び出しも含めた協会員900人を集めて一斉研修を行いました。指導者や責任者がルールや規範について改めて確認し、責任の共有を図ることが目指されたのです。これに対して、第二のアプローチとなるBは、学習者個別に倫理観への自覚を促し、行動へと結びつける個別指導方式です。例えば、研究者の倫理教育に関する指導場面では日々実験についてのノートを取ることを義務づけることで不正行為の防止が図られています。ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授も「僕たちはノートを出さない人は『不正をしているとみなします』と言明しています」として責任ある体制づくりを推進してきました。これらに加えて、第三のアプローチとして注目されているのがCの学習者同士によるグループ討議です。この方法はグループ・アプローチあるいはピア・アプローチとも呼ばれ、指導者が一方的に教え込むのではなく、選手を中心に情報や意見共有を図ることによって、選手たちに気づきを与え、能動的な学びを深めさせることをねらいとします。これら三つのアプローチはそれぞれにメリット及びデメリットがありますが、相互に連動させて活用することが重要となるでしょう。なかでも研究倫理教育や道徳教育の分野では第三のアプローチの効果に期待が集まっており、近年ではその方法についても研究開発が進められています(藤井・土屋、2017)。第三のアプローチについて、スポーツ・インテグリティ教育の分野ではどのような手法が考えられるでしょうか。
例えば道徳授業の教材として広く利用されている「星野くんの二塁打」という作品を紹介してみましょう。監督のバントの指示を無視して、打撃にでた星野くん。二塁打を打って勝利の立役者となるのですが、次の試合のメンバーから外されることとなります。この教材は教育界・スポーツ界でさまざまな議論がなされてきました。選手の自主性を尊重するのか。団体競技としての規律を大切にするのか。またメンバーから外す以外にはどのような指導がありえたのか。監督の指示に従うことについてはどのような合意形成がなされていたのか。話し合いのポイントは多くあり、また他の競技団体に通じる問題も少なくありません。ぜひ選手同士で「星野くんの二塁打」を題材に話し合ってみてはいかがでしょうか。
文献
ホイジンガ(1973)ホモ・ルーデンス.高橋英夫訳.中公文庫.p.38参照.
なお、同訳書では「規則を犯したり無視したりする遊戯者が、いわゆる『遊び破り(スポイル・スポート)』というやつである」と訳されています。
対話型の道徳・倫理教育の一例には「哲学対話」と呼ばれる取組もあります。
藤井基貴・土屋(2017)道徳科における「子どもの哲学」(P4C: Philosophy for Children)の導入―「哲学対話」授業の基本原理の検討と授業案・カリキュラム・評価の開発―.静岡大学教育学部研究報告. 教科教育学篇,49:pp.73-89.
「星野くんの二塁打」については以下のウェブサイトに紹介があります。
人権を大切にする道徳教育研究会(2018).星野くんの二塁打,https://www.doutoku.info/plan1/view/295(参照日2019年12月27日).