JTTA指導者養成委員会


第7回 「ラケットの加速能力と競技レベルの関係」

 前回に引き続き、副委員長の飯野要一氏のコラムです。フォアハンドドライブにおけるラケットの加速能力と競技レベルの関係について解説しました。

(日本卓球協会スポーツ医・科学委員会委員長 吉田和人)
2020.07.10 更新
第7回 「ラケットの加速能力と競技レベルの関係」
日本卓球協会スポーツ医・科学委員会副委員長
飯野要一(東京大学大学院総合文化研究科)
卓球のドライブ打法において、打球のスピードやラケットのスイングスピードは多くの人が注目するパラメータです。一方、ラケットスピードをある時間にどのくらい大きくできるかというラケットの加速能力については、それほど注目されていないように思います。ここでは、ラケットの加速能力が競技力と関係することを示す研究結果(Iino & Kojima, 2009)を紹介します。
図1は、フォアハンドドライブにおける時間とラケットスピードの関係を模式的に示したものです。ラケットスピードはスイング開始から徐々に大きくなりボールインパクト付近で最大になります。この曲線の傾きは時間当たりのラケットスピードの変化量を表しており、傾きが最大となるときの値は、その選手のラケットの加速能力を示すと考えられます。
図1:卓球のフォアハンドドライブにおける時間とラケットスピードの関係
図2は大学(関東学生リーグ)の1部の選手の上級者と3部の選手の中級者が、時間的余裕がある状況において全力でフォアハンドドライブを行った時のインパクト時のラケットスピードとこの傾きの最大値の分布を示しています。上級者(大学1部選手)は、中級者(3部選手)と比較して傾きの最大値が統計的に有意に大きいことがわかりました。また、図からインパクト時のラケットスピードが同じでも加速能力には選手により大きな差があることも示唆されます。
図2:全力のフォアハンドドライブにおけるインパクト時のラケットスピードと
時間―ラケットスピード曲線の傾きの最大値の分布
このラケットの加速能力がもつ意味を、卓球のラリーの時間特性と合わせて考えてみましょう。一流選手の卓球のラリーにおいて、相手の打球時刻から自分の打球時刻までの時間である打球待ち時間が0.8秒未満の割合は全ラリーの71%、0.7秒未満の割合は52%を占めていたことが報告されています(吉田ら, 1991)。一方、全力でフォアハンドドライブを行うのに必要な時間は、視覚処理に必要な時間0.1~0.2秒(McLead, 1987)を含めると0.7秒から1秒程度(飯野、未発表資料)です。これらの結果から、卓球のラリーではかなりの割合で、フォアハンドドライブを全力で行うには十分な時間的余裕がないと言えそうです。ラケットの加速能力が高い選手は打球待ち時間が少ない場合でも比較的大きなラケットスピードを獲得できると考えられ、このことが高い競技レベルに貢献していると考えられます。
図2の値は、時間的に余裕がある状況で測定された値です。したがって、選手によっては最大限の加速能力を発揮していない可能性も考えられます。選手の実践的能力を正しく評価するには、速いボールへ対応する場合や回り込みなど移動を伴う場合などの時間的制約のある状況でもスイングスピードを測定する必要があるでしょう。
文献
Iino Y, Kojima T. Kinematics of the upper limb during table tennis topspin forehands: effects of performance level and ball spin. Journal of Sports Sciences, 27, 1311–1321, 2009.
McLeod, P. Visual reaction time and high-speed ball games. Perception, 16, 49–59, 1987.
吉田和人、飯本雄二、牛山幸彦、加賀勝、鈴木健治 DLT法による一流卓球選手の移動分析. 11(2), 91–102, 1991.