JTTA指導者養成委員会


第6回 「ドライブ打法においてラケットスピードはどのように生み出されているか?」

スポーツ医・科学委員会副委員長の飯野要一氏のコラムです。動きの分析をもとに、フォアハンドドライブにおいてラケットスピードがどのように生み出されているかについて解説しました。

(日本卓球協会スポーツ医・科学委員会委員長 吉田和人)
2020.06.10 更新


第6回 「ドライブ打法においてラケットスピードはどのように生み出されているか?」

日本卓球協会スポーツ医・科学委員会副委員長
飯野要一(東京大学大学院総合文化研究科)

卓球のドライブ打法においてラケットのスイングスピードは、ボールの威力に関係する重要なパラメータです。今回は、ラケットのスイングスピードがどのように生み出されているかについて考えてみます。人間の運動は、筋が活動することによって関節の動きが生じることで行われます。このとき力学的エネルギーという量に注目すると、関節の動きの意味を深く理解できるようになります。力学的エネルギーは位置エネルギーと運動エネルギーに分けられます。位置エネルギーは物体の位置によって変化するエネルギーで、重力による位置エネルギーは、地上における物体の高さ方向の位置に比例して増加します。運動エネルギーは物体の速さの2乗に比例して大きくなります。卓球のドライブ打法では、最初ほぼ静止しているラケットのスピードはほぼボールに当たるときまで増え続け、スピードが増えるのに対応して運動エネルギーが増加します。したがって、ラケットのスイングスピードがどのように生み出されているかを理解するには、ラケットの運動エネルギーについて考えればよいのです。
カメラを用いて測定した関節の動きのデータに物理法則を当てはめることにより、筋が関節まわりで発揮している力とその力発揮の結果生み出される力学的エネルギーを推定できます。筋の活動により力学的エネルギーが生み出されるとき、筋は仕事をしたと表現します。卓球のドライブ打法について、このような分析をすることでどの関節のまわりの筋が仕事をしてラケットの運動エネルギーが生み出されているかがわかります。

図1:卓球のフォアハンドドライブにおける

各関節まわりの筋がした仕事の全身の総仕事に対する割合(12名の平均値)
*左利き選手のデータは左右を反転させ、全て右利き選手のデータとして集計した結果

図に、大学男子の上級者12名が行った全力のフォアハンドドライブについて、このような分析を用いて推定された各関節まわりの筋がした仕事の全身の総仕事に対する割合を示します(飯野, 2012)。右利き選手の場合は右脚の股関節、左利き選手の場合は左脚の股関節の伸展筋による貢献が最も大きく、全体の約半分を占めました。次に大きいのは、体幹の伸展や回旋を行う筋の仕事でした。一方、肩関節屈曲や内旋など肩関節まわりの筋がする仕事は比較的小さいことがわかりました。しかし、このことは肩関節まわりの筋活動の役割が小さいことを意味していません。肩関節まわりの筋の活動は、下肢や体幹で生み出したエネルギーをラケットに伝える役割をしていました。また、各関節まわりの筋の貢献の割合には個人差がみられ、例えば軸足(右利き選手の場合、右脚)の股関節伸展筋の割合は平均で50%ですが、選手によって36%から64%までの違いがありました。さらに平均的割合に近い選手ほど競技力が高いなどの明確な関係は見られませんでした。図で示した割合の値は、あくまで上級者の平均であって、選手によりかなりのバラツキがあることにはご注意ください。
まとめると、フォアハンドドライブでは、主に下肢と体幹の筋によってとりわけ軸足の股関節伸展筋によって生み出された力学的エネルギーがラケットまで伝わることでラケットのスイングスピードが生み出されていたと言えます。このような分析は、選手・コーチへ分かりやすく結果を伝えるのが難しいという課題があるものの、効果的な筋力トレーニングや動きの改善を考えるため基礎となる客観的データが得られる利点があります。

 

文献
飯野要一ほか(2012)卓球のフォアハンドドライブにおける力学的エネルギーの生成と移動. 日本体育学会第63回大会.